まり、国境ですね。」と訊ねた。
「まア、国境というのですがね。どこからどこが国境だか誰にも分りませんよ。それにどういうものですか、ここでは自殺をするものが多いのですが、不思議ですね。」
 永らくここで暮していても、それだけが分らぬという風に今井は声を落して歎じた。なるほど無理もない、ここなら死にたくなる美しさだと矢代は頷きながら宿舎のホテルへ案内されて入っていった。玄関へ顕れた女中が矢代の前にスリッパを揃えて出した。別に取り立てていうほどの婦人ではなかったが、これも矢代には初めて見る和服の日本の婦人だった。外人には見あたらぬ、特殊な皮膚の細やかな美しさが襟もとから延びているのを見て、思わず矢代はどきりとした。


 南と矢代の別れたのはハルビンの駅だった。彼は一路大連まで来てそこから飛行機で福岡まで飛ぶつもりだったのに、平壌まで来ると先きは雨がひどく不時着したので、途中から汽車に替えて海峡を渡った。彼は昼間の内地を見たいと思っていたが、下関へ上ったのは夜の一時ごろになった。東京行の出るまでには、まだ一時間半もあったので、彼は山陽ホテルで休息している間に東京の自宅へ電報を打った。そのついでに千鶴子へも打とうかと暫く茶を飲みながら考えたが、やはりそれだけは思い止まった。関門海峡の両側の灯が、あたりに人の満ち溢れている凄じさで海に迫っていた。眼にする物象が絶えず跳ね動いているような活気に矢代は人からも押され気味になり、受け答えにも窮する遅鈍なものが、いつの間にか自分になっているのを感じた。それはひどく時代の遅れた自分であり、早急の間に合いかねるその自分から錆が沁み出ているようだったが、しかし、ともかくも日本へ無事帰りついている自分であることだけはたしかだった。今はもうそのことだけで彼は嬉しく、後はどのような目に逢おうとも忍耐出来ると思い、彼は胸の中に笑いの綻ろんでいくようなゆったりとした気持ちで周囲を見廻した。人人の多くは洋服を着ていたが、どれも皆洋服のようには見えなかった。男たちは皆眼光が鋭く不意に殺到して来そうな気配の中を、婦人たちが何んの恐れげもなく歩いているのが、不思議と優雅ななまめいた魚の泳ぐ姿に見え楽しそうだった。
 上りの汽車に乗ってからも、彼は満員の食堂車へ入って見た。ナイフとフォークを使う人人の手の早さが刀を使っているようで、狭い車内の傾いて飛ぶぐらぐら
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