に似合わしい素朴なものだった。
 深夜のこととてどこかで眠っていたらしい検査官が、白く息を吐きながら遅れて顕れるといよいよ荷物の審査が始まった。まだ中学を出たばかりに見える若い検査官二人だったが、どちらも実直そうな好人物の相ながらも、威厳を保とうとする沈黙に努める風情が、並んでいる大人たち乗客の世ずれた表情の中で、初初しく緊って見えた。通過の荷物には白墨で強く十字のマークが打たれた。入ソのときそこの国境で、持ち込み禁止の荷物を提出し封印をされたが、旅客が途中でそれを開封し使用した形跡の有無を検べるのに手間取った。すると、南の荷物の中から封のない裸身の双眼鏡が一つ飛び出して来た。
「これは?」
 検査官の調べがそこで停頓してしまった。取り上げられた双眼鏡のレンズが二つ無気味な光りであたりを見ていた。これは双眼鏡を奪われるだけではなく南が連れ出されて行く代物だった。誰も異様な緊張で黙っている中で、南はまったく予期しなかった狼狽の色に変った。そして即座に出て来ない英語で、
「いや、これはつい忘れまして、荷物の底に入れていたものですから、――ベルリンでお土産に買ったものです。」
 と詰り詰り弁解した。誰が見ても一番疑われる器具の双眼鏡に封印し忘れた手落ちなど、手落ちとしてはあまり乱暴すぎたものだった。しかし、結局は、誰でも気がつきそうなものまで忘れた南のその頓馬《とんま》な失策が、却って逆に検査官の疑いを解いたらしかった。検査官は顔を和らげると双眼鏡まで南に返してあっけなく荷物を通してしまった。
「サンキュウ、サンキュウ。」
 相好を崩して乱された荷物をあたふたスーツに詰め込んでいる南の傍で、次ぎが矢代の番になった。彼のは異状もなくすぐ通った。その次ぎはナチスの外交官で、このときは荷物が通ったが所持金を内ポケットから見せるとき、旅券に記入のない日本の百円紙幣を二枚一緒に出して見せた。
「これは預っときます。」
 検査官は簡単に紙幣を取り上げた。これにはドイツ人も意外だったらしく、暫くぼんやりしていてから周章《あわ》てて、
「それは僕が東京へ着いてから、すぐ入用のお金です。返して下さい。」と手を差し出して云った。
「しかし、記入してありませんよ。記入のないお金はお渡し出来ない規則です。」
 検査官はもうドイツ人の顔を見ようともせず、次ぎの荷物の審査にさっさとかかりかけた。

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