そのときにはトランクを二十ばかし持ってたもんだから、乗り換えのときには弱った弱った。」
 こういうことを云うときでも、南が云うと弱った感じには見えず、滑稽さが先に立って矢代も思わず笑った。
「じゃ、あなたは前にいっぺんここを通ったのに、それでもまだここにびっくりされるんですか。」
「そのときのことは、もう忘れてますね。何んでも雪ばかしだったから、あのときは外なんか見なかった。いや、しかし、今度はたしかにびっくりしましたよ。」
 一度ここを通ったものは、生涯この大きな景色を忘れることなど不可能だと思っていたときだったから、南のそう云う頭の中が、もう矢代には想像出来なかった。十年の外国生活の間に、無茶苦茶に何かが詰ってシベリヤなど追い出してしまっているものが、これで南の頭の中に犇めいているに相違ない、と矢代は思った。
 しかし、そういえば、これで矢代も今はしどろもどろの態だった。もう今は考える余力などなくなり、見て来たものだけの重さを持ち応えているだけがやっとのことだった。パリを発ったのが七月の終りで、それからベルリンへ行った一ヵ月の間に、またいろいろの事情でイタリアまで飛行機で飛んだりした。その間、アメリカを廻っている千鶴子から手紙が三度ばかり来たが、矢代の方からは宿の定まらぬ千鶴子に手紙の出しようがなかった。ベルリンでは沢山な日本人と彼は新しく知り合になった。そのうちにはマルセーユまで同船で来た者らと巡り合ったりしたことなど、一度ならずあった。新しく知人が出来て来ると、パリで出来た知人らの面影も、去るもの日に疎しというのが眼のあたりの実情になったが、中でも千鶴子と久慈と真紀子のことだけは、同じ竃《かま》の御飯を食べ合った身近さで、寝るときなど矢代はよく眼に泛べた。しかし、総じてパリでの出来事も、移り行く旅の先では、過ぎ去った日のことだと思う気持ちも強くなった。これだけは人力ではいかんとも為しがたい自然の力のようなものだった。日本にいるときの一年の疎遠な時のもつ忘却力が、ここでは二三日で起る無情な自然力となって肉体を刺し貫き、身心ともに我れ知らぬ疲労の蓄積を堪えている。そして、その疲れの癒らぬ間に、早や次の疲労が襲って来るという風な具合で、いつの間にか疲れが疲れを生み、初めに溜り込んだ疲れなど忘れてこちこちになっている。こういうところへ、南という剽軽《ひょうきん》な五
前へ 次へ
全585ページ中274ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング