うな顔で東野を見たが、例の負けず嫌いな精悍な眉を上げ、「何に、一寸ですよ。」
と云い渋った。
「でも、鼻血が出ましたのよ。ひどく出ましたの。」
と真紀子は傍から久慈の嫌がることに気がつかずうっかりと話した。矢代にだけ分るこんな久慈の苦苦しげな突然の緊張に立話が意外に白らみを見せかけたとき、
「じゃ、もう乗りましようか。」
と矢代は千鶴子を急がせた。
「それでは皆さん、どうも有り難うございました。」
と千鶴子は皆にお辞儀をした。さようならと声を揃えてバスの入口へ集って来た皆のものに、また千鶴子は挨拶をしてバスに這入った。後から矢代も乗り込んだ。彼は窓口から放れた方に椅子をとると、顔を反対の方へ反らせていたが、久慈と真紀子の些細な喰い違いが眼に残り、あの調子では二人とも遠からず別れるときがあるなと、ぼんやりと思うのだった。そのうちバスはすぐ動き出して一行から放れて行った。二人はしばらく黙って揺られていてから、
「真紀子さんたちスペインへいらっしゃるの、いいわね。」
と千鶴子は急に傍に矢代のいることに気づいたらしく彼の方へ身を向け替えて云った。
矢代はスペインへは自分も行ってみたいと思い頷きながら、
「あれで久慈はどういうものだか、まだパリを放れたことがないのだからな。パリを放れると損をすると思い込んでいるんだから、あの男にはスペイン行もいいでしょう。」
矢代はこう云ってから真紀子と久慈との、一見無事な情事もなかなか容易ではないと云おうとして、ふと自分たち二人も実はどうだかまだ分ったものではないのだと思った。街が郊外となり空が行手に拡って来ると、薄靄も次第に晴れて来た。矢代には空がいつもと違って恐ろしく支えのない空漠としたものに感じられた。遠く旅して来た彼の眼にいつも変らず随いて来た懐しい空だったが、今日のはいつ突き落されるか計り知れぬ、鳴りを静めた深深とした色合いに見えるのだった。
「これでもう、マロニエなんか落葉しているのがあるが、僕ら日本へ帰るころは、もう稲の穂が垂れていますよ。」
「そうね、でも、あなたあまり永くベルリンにいらっしゃらないでね。」
「もう外国にはそんなにいたくないな。よほど良い所でも、僕はやはり考えますね。」
飛行場のバスはどこのでも、客たちの間に一種鈍重な沈黙が圧しているものだが、これから空を飛ぶのだという、人間の習性をかなぐり捨
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