ざわざわと揺れ出した。
 それは丁度ぼッと燃え上るような早さで、道路の両側の群衆の上に感応していくと、矢代の前後左右から次ぎ次ぎに、「あれだッ。」とか、「来たぞ。」というような声が漲り起って来たが、そのうちに首に銀狐を巻いた紺色の盛装した若い貴婦人が、ただ一人前方の群衆の中から飛び出て来て、そして、近づいて来た自動車の方へ真直ぐに馳けつけた。と見る間に、一時にどっと両側から真白なカラアの高い群衆が道路のその一点へ向い、波の打ち合うような速度で雪崩れのぼった。警官隊はマントを振り立てて群衆をとめようと焦っても忽ち人波に押し揉まれた。
 矢代は傍の篠懸の街路樹を楯にとって動かなかった。彼は久慈の方を見ていると、塩野と久慈は、打ち上がって来る高いカラアの潮に奔弄されたような様子で、周章てて後へ戻ろうとして引き返して来た。しかし、そのときはもう、後からも同様の群衆の雪崩れが襲って来ていた。二人は横向きに傾きかかって沈んだり浮いたりした。それでも塩野は動揺する中でまだカメラのシャッタを切っているらしかった。
 赤旗を立てた先頭の自動車の後から、二台三台と同様の車が陸続とくり込んで来た。恐らくどれもナシオンへの行進をすませて崩れて来たものにちがいなかったが、どの車も坂を進もうにも進まれず、みな道路の中央で停ってしまった。すると、群衆の真先にいた盛装した銀狐の婦人が拳をふり上げ、自動車から降りて来た左翼の若者たちの群中へただ一人で跳り込んだ。つづいてその後から、紳士や淑女ばかりの一団の群衆が襲いかかった。踏み台に二三の男の飛び上る姿がちらっと見えると、またたく間に引き摺り降ろされて群衆の中へ沈んだ。踏む、蹴る、殴る――そこの一点の得も云われぬ綺羅びやかな特種な乱れの重なった人波の中で、じっと動かぬエナメル色の黒黒と光った自動車の窓ガラスが、見る間に血で真っ赤に染って来た。
 あ奴が怪しいと思うと、その者が右翼であろうと左翼であろうと、もう群衆には見境いがつかなかった。「そら、あれだ。」と一人が云うとどっとまたその方へ襲いかかる。あちらへ揺れこちらへ爆けしている中へ、好んでそこへ飛び込んで来る左翼の群れの数もだんだんに増して来た。矢代の方から久慈の姿はよく見えなかったが、殴りつけられ横ざまになりつつも、まだシャッタを切っている塩野の眼鏡だけ、ときどき青く飛び上るように光った。
 矢
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