としていた。
矢代たちがトリオンフの椅子を占めてから間もなく、バスティユの方から戻って来た塩野や中田たちと落ち合った。
「あっちはもう赤旗ばかりだが、こっちは頑張っとるな。」
と塩野の元気な声で云うのに、久慈は、
「この調子だと、左翼はもう来ないかもしれないね。」
と云って凱旋門の方にカメラを向けた。
いや、来るのが分って待ち構えているからこそ、左翼はやって来るのだと塩野の意見はまた逆だった。彼の話によれば、バスティユでは左翼以外のものを広場へ入れなかったが、カルトを見せるとすぐ入れた代りに、日本もわれわれと同じインターナショナルだからと肩を叩かれ、胸に赤い三角の旗をピンで差されたという。右翼との衝突も少しはあったらしかったが、苦心の割りに写真の収穫はあまりなかったとのことだった。
雨は降りかかって来たかと思うとまたすぐ晴れた。マルセエーズの合唱が街路樹の下からつづいて起って来た。警官はその群衆の方へ行ってはまたマントを振りたて制止につとめた。
「国歌は唱ってはならぬとなると、困ったなア。これが日本だったら、君が代も唱っちゃいかんということだ。こうなられちゃ、これやたまらん。」
中田は一番苦悶の表情でぶつぶつと呟き、ひとり首をひねって考え込む様子だった。伝統の造り上げた堅固な立法が、そのままそこから脱け出し、いつの間にか伺い主の伝統を縛り込めようとしている未曾有の事実が、今や起りつつあるのだと矢代は思った。
塩野は椅子から道路へ出て興奮しているあたりの群衆を撮っていた。うっすら薄日の射して来た凱旋門の下に、右側一列に騎馬隊の警官が十五六頭馬首の星を揃えて停っていた。みな黒い髪を背中まで垂らした銀色の甲を冠り、豊かな恰幅の堂堂たるナイトの服装だった。坂下の方のマロニエはまだよく繁った緑色を保っているのに、上の方の篠懸はもう淋しく葉を落して枝枝を透かしていた。
矢代と久慈は婦人たちを中田の傍に残し、塩野の後から道路へ出ていった。記者のカルトをそれぞれ胸につけているので、怪しまれぬのを幸いに塩野と久慈は恐れげもなく幾度も写真をとった。
「君たちはどこの国の人です。」
と山高の学者らしい紳士が矢代に訊ねた。日本人の記者だと彼は答えると、
「あ、そう。日本は健康でいいね。フランスはいまこの通り病気をしているが、もうすぐこの病いは癒るから、よく日本人にそう伝え
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