彼は思わずこう胸中で呟きながらも、やはり久慈の出て来るのを誰よりも待つのだった。彼には久慈の勝気が知性というような合理性には見えず、ただ単に勝気という日本人の肉感な癖により見えぬのである。
「失礼なことお訊きするようですが、あなたはこんな今日のようなここの問題、どんな風に考えてらっしゃいますか。青年の問題としてですね。」
と突然、中田は矢代に向って興味あるらしい微笑で訊ねた。
「僕はどうも、公式主義というのは嫌いでしてね。そういうせいか、ここの問題はどうにもぴったり僕の感覚に訴えて来ないんですよ。」
「じゃ、論理的にもですか。」
「そうです。」
と矢代は答えた。自分はここで生活して来てみたわけではないから、無論ここの人間の感情さえ分らないという意味だった。彼はそんなに答える傍ら、感情も分らぬのにどうしてここの論理が分るのかと、内心久慈へいつもあたる抗議を繰り返してみるばかりだった。
「しかし、何んと云っても論理ですからね。」
と中田は呟くように云って俯向き込み、そろそろ頭の中を締め縛っている通念の論理に気を落ちつけた様子で黙った。矢代も黙ったが、しかし、出て来る新人の誰も彼も、論理論理と考え込んでいる無数の頭の進行が、眼だけぱちぱちさせて風景を見ている怪奇極まる図を思い描くと、ふと光線の強く射している対岸の鋪道の石を眺め、早く千鶴子でも来てくれぬものかと待つのだった。すると、後ろの方で立ち上った東野は、
「円周率は三コンマの何んとかじゃ割り切れんわい。そんならみんな用心してくれ頼むぞ。」
と誰にともつかず云って猫背のまま電車通りを横切っていった。その後から駆り出しに廻って来た罷業委員らの無蓋自動車が数台列なり、それぞれ逞しく盛り繁った態勢のまま拳を振り上げて、
「フロン・ポピュレール。」(人民戦線)
と叫んだ。そして、鋪道のよく光った鋲の上を貫き流れていくのに和し、テラスの外人たちも、いつもとは違って熱して来た。塩野の顔は急に赤くなったと思うと、突然、
「馬鹿野郎ッ。」
と自動車に向ってひとり叫んだ。早口の日本語だったから誰にも分らなかったが、塩野は胸にぶら下ったカメラを手で受けつつ、
「さア、行こうや。あ、そうだ、君に上げるの忘れてた。」
と云って、ポケットの中から大使館で貰って来た金属で出来た小さなカルトを二つ出し矢代に渡した。記者の標のそのカル
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