純潔さがこのように美しく見えて来たのか、考えれば不思議だった。灯の消えている千鶴子の部屋の窓が五階の上に見え始めると、胸がそわそわして来て胸を一寸揺ってみた。
「どうも変だ。こんな筈はないんだが。」
とこう彼は呟きながら下から上を仰ぎつづけた。これや恋愛じゃないか、馬鹿馬鹿しいとまた思うと、引き返そうとしたが、丁度良い具合に手ごろなベンチが広場に見附かったのでそこへ腰を降ろして煙草を吸った。窓を眺めながらも、久慈は、完全に慕い合っている矢代と千鶴子の横からこうして自分の羨望している図を思い描き、ひとり手出しの出来ぬ悔恨に淋しくなって来るのだった。
「どうもあ奴たちの恋愛は立派だ。これを壊してなるものか。」
とまた祭壇を拝むように高い窓を見詰めつづけ、いまいましい感情の鎮まるまで久慈はそこから動かなかったが、一つは、後へ引き返せば自分のホテルへは戻らず前を通りぬけて、また虎穴の真紀子のホテルへ舞い戻りそうな危険を感じたからだった。事実、深夜のベンチに坐っているこのおかしな姿も、半ばはも早や真紀子から逃れ切れない予感のためでもあり、今や沈もうとしている身にとっての一握の藁が千鶴子の窓だとは、われながら思いもかけなかったこの夜の失策だったと久慈は苦笑するのだった。
ベンチの鉄が露を噴いて冷たく背に応えて来た。久慈は真紀子の寝台の上で見た夢にもし母が顕れて来なかったら、あのとき限り自分は危なかったに相違ないと思った。
しかし、駄目だ。明日も明後日もあるのだ。危険はとうてい母の夢だけでは防ぎ切れぬ。それならひと思いに真紀子の傍へ戻ろうかとまた久慈は考えた。彼はベンチから立ち上ると千鶴子のホテルの入口へ行き肩で戸を押してみた。戸は無造作に開いた。すると、中へ這入ろうとも思わぬのにもう玄関へ這入り、階段を昇っていった。今ごろは寝入っている最中にちがいないと思ったが、ふともし今ひと眼でも千鶴子に会えれば、どんなことで身に迫っている危機を脱せぬとも限らないと思うある希望に曳かれ、足は気遅れなく戸の前まで進んだ。暫く彼はドアを叩いてみたが千鶴子の起きて来る様子はなかった。久慈は灯のまったく消えた廊下に立ったまま意想外な大冒険をしている自分に気がつき、それではまだ宵に飲んだ酒気から醒めてはいないのだろうかと怪しむのだった。しかし、ドアをまた叩きつづけているうちに千鶴子の起きて来た
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