たち蛙になってるんだから、パンも食わさぬ人間を一つ今日はやっつけよう。何んだこんなもの。」
 と矢代は云ってまた睡蓮の絵を眺めた。
「ほんとにコーヒー飲みたいわね。出ましょうか。ロンパンへ行ったらきっとあってよ。」
 千鶴子が立ち上ったので矢代も立って外へ出た。もうかなり空腹だったが、二人はサンゼリゼの下のロンパンまで歩くことにして広場の噴水の傍をわたって行った。


 ロンパンまで行ってみてもそこも今日は休みだった。この右翼の巣窟のようなサンゼリゼいったいの食事場が休みだとすると、もう二人はどこへ行って良いのかいよいよ途方にくれて来た。やむなく二人はそこの辻のベンチにまた腰かけて休んだ。坂の上の凱旋門の群像の彫刻が方形の胴にうす白く泛んで見えた。その門の中に欧洲大戦に戦死した無名戦士たちの墓があるので、丁度ここは東京で云えば、靖国神社をいただいた九段にあたるゆるやかな坂の下だったが、何事か街に問題が起る度びに、この無名戦士の墓を中心にして起って来るのが例である。
「もうすぐ巴里祭ですが、あそこの無名戦士の墓の奪い合いで、左翼と右翼の衝突がもう今のうちから起っているんですよ。その日になったら、ここでそれが爆発すると人人はいうのですがね。ここは王さまの無いところだから、喧嘩をすればきりがない。」
「今からそれが分っていて、どうして防げないのかしら。」
 千鶴子はまだ訝しそうな声だった。
「それはここのは、戦死した無名戦士が王さまみたいなもんでしよう。だから墓が物を云わないのを良いことにして、右翼はわれわれ伝統の勇士の墓というので、これを自分のものとしようとするのでしょう。そこを左翼は、いやこれこそわれわれ民衆の勇士の墓だ。これこそわれわれのものだと主張する。ところが、今度だけは政府が左翼だからいつものようにはゆかんので、左翼を守らなくちゃならない。そうなると、右翼の伝統派はいつもより結束するだけじゃなくって、こうなればもう伝統のために死ねというので、必死の反抗になって来るから、爆発が一層大きくなるというわけです。」
「じゃ、どちらの云うこともそんなに本当に見えちゃ、みな迷うのももっともね。そんなに大切なことに迷っちゃ、この国の人たちどうするつもりかしら。」
「そこがどうするわけにもいかんのだな。何んといっても、生活する頭の原点が墓なんだから、それならこれは死んだ動かぬ
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