んでしょう。どこもかしこもこんなになるのかしら。」
 千鶴子の問いに矢代は、「さア。」と云ったまま黙った。そして彼は、自分と君とも今はこれに似たような分らぬ淋しさに襲われているときだと思った。たとい日本へ帰ればまた会うことも出来るとはいえ、帰れば恐らく誰でも放れ散ってゆくようにどちらも会う気持はなくなってしまうにちがいない。――
 矢代はせめてどこかで腰を降ろして休みたいと思い、通りをどこまでも真直ぐに歩いていってみたが、カフェーというカフェーは皆戸を降ろしていた。もうこんなにコーヒーさえ飲めないのかと思うと、彼は飲ます家のあるまで探したくなり、また、もうそれではこの千鶴子とも別れてしまい、二度と会うこともないのかと思うと、それならそのように覚悟を定めねばならぬと考えたが、しかし、それにしてもこの調子だと自分はもう何をするか分らない。もうこれだけはと思いつつ、あがき進む馬のように彼は自分の轡《くつわ》を噛み破ろうとするのだった。


 セーヌ河を渡ったところにチュイレリイの宮殿の跡があった。矢代は篠懸の樹を下にめぐらせた城壁の上にのぼり、千鶴子と並んで河を見降ろした。この観台から真下のセーヌの両岸を眺めたとき、河そのものの石の側壁がすでに壮麗な一つの建築物だった。それはちょうど科学の粋を尽した白い戦艦が一望のもとに並び下ったかと見える堂堂たる景観だった。
「この眺めはどうです。ナポレオンの皇妃のジョセフィヌはここの宮殿にいたのですが、河がいかにも武装を整えた大兵団の守備兵のように見えますね。ナポレオンはベルサイユの近くのサンクルウの宮殿から、政務に疲れるとここまで馬車で会いに来たのだそうですよ。」
 英雄の情事にしたって凡人のと別に変りはあるまいと思い、矢代はそんなに云ったのだったが、悲しみあるとはいえ、ふと今自分はそれと劣らぬ愉楽の頂きへかけ昇ろうとしている真っ只中にいるのだと思った。

「でも、サンクルウからだと随分遠いのね。どうして奥さんと放れて生活していたのかしら。」
「さア、そこはどういうものかな。どちらも放れて生活していると、会うということが休息になるんでしょう。」
 あながちナポレオンのことでなくとも、まもなく千鶴子とも別れねばならぬとすれば、想いを殺してこのままに別れるのも、あるいは今のこの歓びをともに生き永らえる生活の美しさとなるのかもしれぬと、矢
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