強い光線に久慈は眼を閉じた。鼻さきの小窓の中に組合わされた刃物の巧緻な花の静まっているのを、わけもなくじっと眺めている千鶴子に近づき、久慈はもう何んの感動もしない自分の若い心の老い込みを、これはどうしたものだろうとふと思った。
「もう君は日本へ帰ったって君の考えは通用しない。」
と先夜東野に云われたことを急にまた久慈は思い出した。そうだ、これはもう通用しないぞと久慈は突然冷水を打たれたような寒さであたりの街を眺めた。停っているトラックのタイヤの凹んだ部分にめり傾いている車体が、均衡ある風景の中から意味ありげに久慈の視線を牽きつけて放さなかった。
「こんなに静かな街の中でも、人の頭の中には暴風が吹きまくっているんだから、おかしなものだなア。」
と久慈は呟きながらリラの方へまた歩いた。
「もう戦争さえ起らなければどんなことにでも賛成するって、ホテルのお婆さんあたしに云ってたわ。そのお婆さんは面白いのよ。あたし何も訊きもしないのに、あなたはここをパリだと思っちゃ間違いだ。こんなパリはない。もうパリは無くなったっていうのよ。よほど前は良かったらしいのね。何んでもヨーロッパ大戦のとき、アメリカの軍隊がここへ駐屯してから、すっかりもうパリは駄目になったっていうの。どうしてでしょう。」
「それや、老人は思い出だけで生きているからだ。これはこれでまた充分に意義はあると思うな。」
突然一本の煙突から吹きあがって来た雀の群れを眺めて久慈は云った。リラの前の広場へ来たとき、彼はそこで買った二枚の新聞を丸め、ある建物を指差した。
「去年だか、あそこの建物の会館へゴルキイが来て講演をしたことがあるんだが、群衆がこの広場いっぱいに集ったら、突然警官隊が騎馬で殺到して来て群衆を蹴散らして、一人も講演を聴かせなかったというね。そのときは恐かったそうだ。今年の巴里祭はもう一層凄いということだが、あなたもそれまでいなさいよ。何事が起るかこの様子じゃもう分んない。昨日は罷業の会社がもう三百になっているんだもの。重要な会社が三百も閉鎖したなら、それやもう革命も同じだからな、右翼の火の十字団はもう決死だ。何んでもドイツの右翼と手を握り出したというから、もう僕らには訳が分らない。」
「じゃ、もうここは国と国との戦争は起らないのね。」
何ぜそんなになるのだと問いたげな千鶴子の視線に、久慈は黙ってリラのテ
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