演は、その皆さんの、憂いについてであります。」
階段の折目に並んだ殷の鋳銅の間で、東野の声がぴんぴんと響いた。
「人はそれぞれ憂いを持って生きております。善人なおもて往生すとか、貧しきものは幸なりとか、色即是空とか、あるいはまた、われ徳を好むこと、色を好むがごときものを見ざるなりとか、これらの有名な言葉は、人間の中のもっとも優れた天才たちが叫んだ、憂いであります。勿論、皆さんにも、必ず憂いがあるにちがいありません。」
久慈はその東野の講演がうるさかった。身にひえ込んで来る鉢の孤独な感触が、ざわざわと掻き立てられるようで、鉢から肱を放し、また宋の梅瓶の傍へ近よった。一同のものも、それぞれ自分の好む陶器の前に立ち停ったまま、静にしていた。久慈は講演をなるたけ聞くまいと努めた。しかし、東野の話の魅力は、断線を厭わぬ独断の危さにあるので、思わずひやひやさせられているうちに、いつの間にか前の独断を破壊する抜文が入れ替り、新しい力で人を乗せて動いて行くのである。聞くまいとしても、ちくちく刺されて人は聞かざるを得なかった。ときにはパスカルが出たかと思うと、天心が顔を出した。ロッシュフコウの格言が顕われたかと思うと、尊徳の歌が引っ張り出されたりした。その間を自在に縫いつづけて、秩序を形造る共通の確率をたぐってゆく労苦は、たしかに東野の憂いにちがいなかったが、料亭で空の美しさを語った彼の真の憂悶は、一向に顔を出しそうな気配もなかった。
久慈は講演に少少退屈した。そして、真紀子の態度にいつか注視しているのだった。万暦の大鉢の前で真紀子は伏眼のまま、長い瞼毛に心配そうな陰影を湛えて東野の講演を聴いていた。やや俯向き加減のなだらかな上体が、腹部のふくらみに集まり、うっすらと腰部の窪みを描いて両脚に下っていく真紀子の線を見ながら、久慈は、ふと自分を愛撫してくれた真紀子の情愛のふかさを思い出した。あの線、この色と、泛んで来るなやましい姿態の数数の閃めき、飛びうつる表情の流れが、今、ぴったりと金魚の乱れる大鉢の胴の前に静止している慎ましやかさ、――それも、みな東野への愛情に変っているのだ、自分のものだったそれらのもの皆が、いつの間にか東野にささげる供物になり変ろうとしている刹那だった。
「このように憂いの種類には、大小さまざまなものがあります。しかし、どのように云いましょうとも、最も小さな
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