の前を通り、曲った胴の剥げ落ちた胡粉や、ちらりと唇に残った紅の艶から、矢代は、やがては腐るもののおびただしい視線を吸いとって来た年月の、ある恐怖を誘う云いがたく静かな水水しさを感じるばかりだった。
博物館から四人が出て来たときは、まだ門前の椎の嫩葉に光が射していて、芝生の色の明るい方へ自然に足が動いた。東野は夕暮から出席すべき会があるというので、そこで別れて地下鉄の方へ真紀子と降りていった。矢代は千鶴子と陽のよく射した茶店を選んで赤い毛氈の床几に休んだ。どちらも疲れて黙っていた。そして、茶と鶯餅とを貰ってからそこに二人で並んでいると、矢代は何か急に老人じみた感じを覚え、またそれが却って一種ほがらかな、ゆったりとした気分になるのだった。
「ね、君、ちょっとお爺いさんお婆アさんになったみたいで、いいな。」
言葉もなくぼんやりと額に手を翳し、芝生を見ていた千鶴子はふふと笑った。
「芝生まで何んだか明るく見えるもの。」
「ほんとにね、お仏さんを沢山見たからだわ。」
「博物館を出て来ると、誰も少しは浦島太郎になるのかね。」
矢代はかるく鶯餅に手を触れてみて、こういう微妙な触感のものなど外国には一つもなかったと思い、めでたい感じで摘まんでから指先の粉を擦り落した。尖塔に似た博物館の屋根がはっきりと白く浮いていた。それはこうして離れて見れば見るほど、争われずカソリックから影響を受けた建築に見えた。
「ね、あの屋根、サクレクールそっくりでしよう。」と矢代は粉のついた指で尖塔を指した。
「そうね。一番似てるわ。」
「僕らの外国へ行く前にはあれはなかったんだが、こうしていつの間にやら、みんな集って来るんだなア。」
彼は尖塔を眺めているうちに、ふと傍に並んでいる千鶴子が松濤の木椅子の上で洩した言葉を思い出した。
「君はさっき松濤で、何んだかしら恐いと仰言ったが、別に恐れる要はないですよ。あのようにだんだんなっていって、中にはお仏さんもちゃんと並ばれるようになるんだもの。何んでもないさ。」
しかし、千鶴子はやはり黙っていた。矢代は鶯餅をまた一つ摘まむと、仏像の唇に滲んだ艶も指さきにつくように覚えお茶を飲んだ。緋色の毛氈の反射が赤赤と顔を染めるようだった。そして、自分の花嫁はまだ何かを少し愁いながらも見事にその上に坐っているのだった。
九時の夜行で矢代は九州へ発った。
千鶴
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