でいて、矢代も黙って彼に頷くのであった。文字を書くことを専門としているものは、東野のみならず、結局は何らかの意味で、世界の誰も彼もひそかにパリと闘っているらしい風だった。
上野の博物館が石造の建築に変ってから、矢代たち誰も中へ入るのは初めてであった。一見したとき、矢代は、パリのモンマルトルの丘上を仰いだ瞬間に眼に映ったサクレクールの寺を思い出した。そして、も早や、博物館の屋根にまでカソリックは来ていたのかと思った。荘重で古典的な偉容を具えた明るさであった。異国の街街を歩いているとき、先ず初めに旅人は、そこの博物館を観て、その国のおよその文明を一瞥のうちに感じとるのが便法である。この自然な見方に応じるためにも、この博物館は相当の品位を保っていたが、この日の陳列品にはそれにふさわしい目立ったものはあまりなかった。ようやく光琳のあやめ扉風と、友松の干網の図が光っているだけだったが、しかし、この二つはともに優れたものだった。その他陶器には宋窯の滋州壺と、李朝の青磁が麗しく、日本物では織部の鉢に一つ、それから楽の長次郎が一個というところだった。
「この絵、モネーがいれば見せてやりたいね。」
と矢代は光琳のあやめ図の前で、傍へ来た千鶴子に云って、モネーの睡蓮の図と思い較べた。東野も光琳には満足した微笑を泛べて動かなかった。
「しかし、この友松も良いよ。ピカソならきっと光琳よりも、この友松を採るね。」と東野は、後ろの反対の壁にある干網の雄勁な屏風絵の方を振り返った。
二つを比較するのに身体を逆に動かさねばならぬのが、印象を壊して落ちつかなかったが、それぞれもっとも単純化を狙った二つの絵の新鮮な美しさは、観るもの二人をして争わしめるだけの力があり、その前から去りがたかった。
「諸君はどっちかな。御婦人がたは。」と東野はベンチへ反り気味に婦人たちの顔を見上げた。真紀子は、
「あたしはこちら。」と友松を指差した。
千鶴子は黙っていた。矢代は光琳のあやめ図の形象が図案化しているにも拘らず、遠近のはっきり出ている写真以上の高い象徴性から、元禄という文明のなみなみならぬ高さを感じて嬉しかった。これこそ不滅のものだと自覚した。悠悠たる作者の精神がそこにあった。その光琳の絵は装飾にちがいなかったが、装飾という儚ないものの中から、生命の高潮した姿を捉え、そこにまさに固ろうとした刹那の美の
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