りつづけて沈んだ。矢代はときどき千鶴子を見たが、千鶴子はその度びに視線を彼から反らして悄気て来た。
 矢代は、東野と真紀子との間を知りたく追い廻していた自分の眼に、ぱっと投げかけた東野の老練大胆な句の選択の仕方には、千鶴子や自分の若さに対して復讐めく興味の潜みも覚えたが、それが直接こちらへも、響き傾いて来る波の高さだとは予期しなかっただけに佗しかった。それも相手の二人は、別の鍋に揃って対い、エピキュリヤンの鍛錬に打ち向ってゆく覚悟歴然としつつある際だったので、こちらの鍋もストイシズムで立ち向いたい戦闘心の秘かに燃えかかろうとする矢さき、千鶴子に沈み込まれては、炭火も崩れるようで鍋を覗くのも自然に滅入った。
「蝶二つ一途に飛ばん波もがな――これはボストンでの作だったかな。勢いあまって悲しさ優れりというところだ。」
 となお東野は続けた。もう何気なく云っているのではなかった。瞭らかに、いずれ矢代たちの若さには負けるのだと云いたげな、無遠慮な彼の戯れも籠った放胆が見えて、矢代は、この仲人の寂しさも急に人事ではなく思われて来るのだった。が、それも口誦んでいるうちに、ふとどこか沈んだこちら二人の今の身を引立てる祝詞とも合せ考えられて来るところに、この句の不思議な作用があった。そして、この場合はそれが後者だと思えて来る度がいよいよ強まって来たとき、
「頂戴しました。有りがとう。」
 と矢代はそうひょっこりと東野に云った。
「いや――」と東野はさすがに嬉しそうな顔に変った。しかし、婦人たちは矢代の挨拶を真紀子たち双蝶のボストンに於ける睦しさの返礼と解したと見えて、急に笑い出した。矢代もそう受けとられても無理なく当然のときとて、一緒に笑った。
「こちらの鍋はいっこうに元気がないな。火を一つ掻き立てて見てくれ給え。」と矢代は鍋の耳を両箸で持ち上げて千鶴子に催促した。千鶴子は矢代に気附かれた具合の悪さで首を曲げ、燠の灰を払い落して立てよせながらも、やはり虚ろなように元気が乏しかった。矢代は彼女の元気のない手もとを見ていて、原因は真紀子の美しい俳句からではなく、むしろ東野の家を出る前から続いているように感じら打て来ると、それなら眉子山房のあのヨルダン河の水を見た以来の苦しさの名残りだと気がつき、そういうものならこれは一日や二日では癒らぬものだと、彼も同時に山房の水の寒けが再び襲って来るの
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