、日本海に添ってこの庄内地方へも廻って来たと、ラヂオは報じている。

 屋根の煙抜きの吹き飛ぶ家。電線がふっ切れ、立木が根から抜け倒れる。乱舞する木の葉、枝ごとち切れ飛ぶ青柿。真垣は捻じ倒され、ごうごうと鳴りつづける森林。実をつけた桐が倒れる。池の水面は青落葉でいっぱいになって、鯉も見えない。

 いよいよ今年は不作だ。この決定的な暴風の中でまた米の問題が色濃くなる。朝から米を借り歩いている農夫らが、私のいる参右衛門の炉端へ、木の葉のように落ち溜って来る。雨戸を閉じきったうす暗い部屋の中で、また毎日のようにいつもの不平をぶつぶつと呟きつづける。どこそこは米が有るのに、無いような顔をして借り歩いているとか、いや、あそこは事実ないと弁解してやるもの。しかし、あ奴は米がないと云ってるくせに、豆の配給となると、米より豆の方が良いといって、第一番に跳んで行くではないかと怪しむもの。いや、あそこへ米を借りに行ったら、兄だのに二升の米さえ弟に渡さなかったという。それで参右衛門は気の毒がって、自分がいま嫁の実家から借りて来たばかりの一斗分を、二升それに貸してやる。
「このごろのようなことは、この村始ま
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