れに同情してくれて、そんなこと今ごろするな、誰が報らせに来たか、お前には分っとるだろう、と云わしゃるから、はい、分っとります、とおれは云うた。はははは――密告したのじゃ。おれは、村のもののしていることを、何もかも知っとるでのう。おれだけが知っとるのじゃ。おれは、村の精米所の台帳を預っておるので、それを別に細かにみんな書き写して持っとる。どこにどれだけ米があるか、ないか、どこが無いような顔して匿しとるか、みんな知っとるのは、おれ一人じゃ、はははは――おれはいつでも黙って、知らぬ顔を通して来ているが、神も仏もあるものじゃ。それでおれは、みんながおれの悪口をいうと、いつか分る、おれが死んだら何もかも分る、そう云うて他は一切云わぬのじゃ。はははは。」
久左衛門は笑ってからまた後で、
「神も仏もあるものじゃ。」と繰り返した。そして、顔を上げると、「おれは嫌われておるのでのう。おれの悪口ばかりみなは云うが、おれのことを分るときがきっと来る。おれは、何もかも細かに書いて仕舞っとる。」
この老人の長所は何より自信のあることだ。
九月――日
夜の明けない前に、清江の刈って来た真直ぐな萱の束を、
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