毒石があるなら、真砂の浜は血で染っている筈だろうが、科学上の磊落《らいらく》な過失というものは、東洋人、殊に日本人は滑稽な偶然事として赦す寛大さを持って生れているのかもしれない。この医者は流行している。
会が終ってから、私を連行して来た人は私にこう云った。
「東北人というものは、どうしてこう馬鹿なんだろうか思いますよ。だって、東条、米内、小磯と三代も、一番馬鹿な、誰もひき受け手のないときに担がれて、まんまとその手に乗せられて総理大臣になる阿呆さ加減というものは、あったもんじゃありませんよ。みなあれは東北人だ。」
私はまたそれとは別のことを考えていた。誰も逃げ廻るところを引き受けた誠実さを認めずに、他のどこをあの人人から認めようとするのかと。しかし、これは今後の問題でむずかしくなることの一つである。誰からも一大危機と分っているとき、逃げ廻る狡猾さと坐り込む諦念と。危機でなくともこれは毎日人には来ていることだ。今夜も私は襲われて鴨にされ、こうして十年目に巡って来た一刻の夫婦の夕さえ失った。宿へ帰ったときは妻はもう寝ていたが起きて来た。
「どうでした。今夜のここのお料理は、それはおいしか
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