自身の心情を表現し得るということはもう出来ないのにちがいない。すべてを普通のこととしてしまう本能の自然さといえども、今までは、そこにまだ連絡した心理があった。しかし、今はそれもない。人生にはいつも幕間が用意されているものだが、この幕間は人のものか神のものか分らぬながらも、どこかの一ヵ所だけ森閑とした部分がある。そこでひそひそ声がしているようだが、おそらく、それは人の声ではないのだろう。

 そら芝居が始まった、と云って、子供らは釈迦堂の方へ駈け出ていく。特攻隊も出ていった。その後で、参右衛門と青年の父親とがなお二人で飲み続け、舌の廻りも怪しくなって来るのを私は隣室で聞いていると、いつまでも絡み合っていてきりがない。参右衛門は濁酒を作ってくれと頼まれて、お礼をすると云われたのが気に喰わぬ、水臭いと云って怒っている。それをまた特攻隊の親父が弁解する。この二人の酔漢の芝居が止み間もないその中に、寺の芝居は済んで特攻隊が戻って来たが、参右衛門ら仏間の「水臭さ」劇は止まる様子もない。とうとう一時だ。そして、最後の二人の科白は――
「もうじき、共産主義になるそうじゃ、面白いのう。あはははは――」

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