門の妻女はいつまでも眠れないで弱りきり、今度は私の妻に睡眠の不足を訴えるが、新婚の夢の描く波紋はどうやら私の胸まで来てやっと止ったようである。私にはも早やそんなことは無用のようだ。

 十一月――日
 来る日も来る日も同じことを繰り返している農業という労働。しかし、仔細に見ていると少しずつ労働の種類は変化している。もう忘れた日にして置いた働きが芽を伸ばし、日日結果となって直接あらわれて来ているものを採り入れ、次ぎの仕度の準備であったり、仕事にリズムがあって倦怠を感じる暇もない。他に娯楽といっては何もなさそうだが、そんなものは祭だけで充分忍耐の出来ることにちがいない。特に都会化さえしなければ農業自身の働きの中に娯楽性がひそんでいそうである。

 私は東京から一冊の本も、一枚の原稿用紙も持って来ていない。職業上の必需品を携帯しなかったのは、どれほど職業から隔離され得られるものか験しても見たかったのだが、ときどき子供の鞄の中から活字類の紙片が見つかると、水を飲むように私は引き摺り出して読んだりする。中に抽象的な文章があったりすると急に頭は眠けから醒めて、生甲斐を感じて来る。も早や私には観念的
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