ぬし、取り上げるだけは取り上げといて、くれるものは一つもくれぬのに、もう、今年の新米のさいそくとは、あんまり無茶じゃのう。なっちゃおらん。ほっとけほっとけ。」
そういうものらの云い方を綜合してみていて、私も少し去年から今年への推移が分って面白かった。すると、その横のものは、
「生れただけの米は、どう隠そうたって、隠せるものじゃないさ。ぴっちり分る。分る以上は、出してしまって、後の分は村内じゃ、どう闇をしょうが、しまいが、かまわぬということにすれば良かろう。」
こう云ったものは、おそらく私のような農家に関係のないものが傍で話を聞いていたからだろう。もしこれで私がこんな炉端にいなければ、どのような話がひそひそ進められたか甚だ私は気の毒な思いがする。どちらか云うと、私はいつも彼らの味方をしているので、悪いことも良いように解釈をしている傾きもあり、心覚えも要心しいしいというところがある。冷たい心で歴史を書くのが正しいか、愛情で歴史を見るのが正しいかはいつの場合もむつかしいことの根本だが、実相を危くして物的真実を追求するという手は、私はいつも嫌いだ。これは真実から遠のくことだ。
十月――
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