。
「もう駄目かもしれんぞ。云っとくことはないかい。」私は子供の足音が消えると訊《たず》ねた。
「あるわ。」
「云いなさい。」
「でも、もう云わない。」
爆発する音響がだんだん身近く迫って来る様子の底だった。
「それなら、よしッ。」
と、私は照明弾の明るさで、最後の妻の顔をひと眼見て置こうと思い、次ぎの爆発するのを待って起き上った。
「お母さん。」また声がする。
「出て来ちゃ、いかん。大丈夫だよ。」
私は大きな声で云いながらも、あの壕の中の二人さえ助かれば、後は、――と思った。すると、また一弾、ガラスが皺《しわ》を立てて揺れ動く音がした。
「後はどうにかなるさ。」
「そうね。」
水腫《みずば》れのように熱し、ふくれて見える妻のそういう貌《かお》が、空の耀きでちらッと見えた。心配そうというよりも、どこかへ突き刺さったままさ迷うような視線である。今ごろここで妻がおかしかったと云うのは、そのとき妻の見た私の座蒲団姿のことを云うのだが、私のおかしかったというのは、危険の迫るたびに、のこのこ壕の中から出て来た子供のことである。私はその危険だった夜から四日目の夜、妻と子供を無理矢理に東北へ
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