う……」
義弟の足駄の音が去っていってから、私は柱に背を凭《もた》せかけ膝を組んで庭を見つづけた。敗けた。――いや、見なければ分らない。しかし、何処を見るのだ。この村はむかしの古戦場の跡でそれだけだ。野山に汎濫した西日の総勢が、右往左往によじれあい流れの末を知らぬようだ。
八月――日
柱時計を捲く音、ぱしゃッと水音がする。見ると、池へ垂れ下っている菊の弁を、四五疋の鯉が口をよせ、跳ねあがって喰っている。茎のひょろ長い白い干瓢《かんぴょう》の花がゆれている。私はこの花が好きだ。眼はいつもここで停ると心は休まる。敗戦の憂きめをじっと、このか細い花茎だけが支えてくれているようだ。私にとって、今はその他の何ものでもないただ一本の白い花。それもその茎のうす青い、今にも消え入りそうな長細い部分がだ。――風はもう秋風だ。
八月――日
小牛が病気になって草を喰べないので、この家のものは心配でたまらぬらしい。黒豆を薬湯で煮て飲まそうとしているが、今日は山羊も凋《しお》れて悲しげである。めい、もう、と互いに鳴き合い、一方が庭へ出されると残った方が暴れ出したほどの仲良さだったのも、孰方《いずれ
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