《から》を追つかけ廻したそのことだけでも幸福だ。――それが喜ばしい生活なら、下から不幸が流れ出して了ふまで、幸福な頭の方へ馳け廻らう。――死ねば不幸はなくなるだらう。――死なねば、幸はなくなるまい。――四人の中で死んだ者が幸福だ。――誰がその富籤《とみくじ》を引き当てるか。――彼は競争する選手のやうに、円タクに乗つて飛んでゐた。
 と、Mが死んだ。
 彼は廻り続けた円タクの最後の線をひつ張つてMの病室へ飛び込んだ。が、Mの病室は空虚《から》だつた。医者が出て来て彼に云つた。
「今日、退院なさいました。」
「どこへ行つたのです?」
「さア、それは分りません。」
 ――それや、さうだ。
 ――だが身体の中で何の必要もない盲腸で殺《や》られると云ふことは?
 ――身体の中に、誰でも一つ、幸福を抱いてゐると云ふことになつて来る。
 彼は円タクに乗つて、盲腸のやうな身体をホテルに着けた。ホテルのボーイは彼に云つた。
「もう部屋は一つもございません。」
 その次のホテルも彼に云つた。
「もう部屋は一つもございません。」
 ――死を幸福だと思ふものに、ホテルは部屋を借す必要は少しもない。
 彼はまた
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