ぶらりと円タクの中へ飛び込んだ。
「どこへ参りませう。」と運転手は彼に訊いた。
「どこへでもやつてくれ。」
 円タクは走り出した。彼は運転手の後から声をかけた。
「明るい街を通つてくれ、明るい街を。暗い街を通つたら金は出さぬぞ。」
 ――盲腸が円タクの中で叫んでゐる。
 彼はにやりと笑ひ出した。
 ――此の盲腸は、今度は誰を殺すのだらう。
 ――だが、身体の中に、誰でも一つの盲腸を持つてゐると云ふことは?
 彼は街路を、血管の中の虫のやうに馳け廻つた。だが、此の盲腸はどこへ行くと云ふのだらう。



底本:「定本横光利一全集 第二巻」河出書房新社
   1981(昭和56)年8月31日初版発行
底本の親本:「文藝時代」
   1927(昭和2)年4月1日発行、第4巻第4号
初出:「文藝時代」
   1927(昭和2)年4月1日発行、第4巻第4号
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、旧字、旧仮名の底本の表記を、新字旧仮名にあらためました。
入力:高寺康仁
校正:松永正敏
2001年12月11日公開
青空文庫作成ファイル:
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