頭が疲れて来る。だが通路の中で碁を打つと客観性が無くなつて喧嘩碁ばかり打ち始める。その代りに頭がいつまでも続いて行く。家相学では家の東南に桃の木があると淫風が吹くと書いてあるが、淫風は風の吹く所には起らない風である。風の吹きまくる所で性慾は起りはしない。それはともかくとして無常の風は日本の地貌ではどのあたりから吹いて来る風かと考へると、もうここからは独断にならざるを得なくなる。とにかく乾燥した風だ。乾燥した風は窒素の加減で霊魂が放散し易いものらしい。塩分を含んだ風の中では人はさう容易く死ぬものではないと見える。それに乾燥した風は太陽のコロナと多大の関係を持つてゐる。コロナがまた太陽の黒点と著しい関係を持つてゐる。私は社会主義の布衍される地域がまた此の風の密度によつて非常に相違して行くものといつも思ふ。此の主義は風のやうに地貌とまた密接な関係を持つてゐる。地貌の運動作用、特に準平原の輪廻作用を思ふと私は社会主義者にならざるを得なくなる。ボルシエビイキの現状を見てゐても伊太利及び日本、英国、独逸の社会現象を見てゐてもその作用は地質学の造山運動と殆ど異る所がない。私は小説を書く男であるが小説の中で人間の運命を発展さす場合、いつも此の風と光線とが気にかかる。確に此の風と光線とは人間の意志と感情の発生及び発展に重大な必然的影響があると思ふ。此の風と光線とエヂプト、アツシリア、ペルー、印度、支那の文化の発達とを関連させて考へて見た場合、誰とてひそかな私のこのあられもない独断の楽しみを嗤ひはすまい。



底本:「日本の名随筆37 風」作品社
   1985(昭和60)年11月25日第1刷発行
底本の親本:「定本・横光利一全集 第一三巻」河出書房新社
   1982(昭和57)年7月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:noriko saito
2005年5月14日作成
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