きが来たならば、いとも悲しく細々と、
「私は毎夜あなたの夢をひとり見て楽しむことといたしましょう。」と云い給え。
 またもし君が彼女を裏切った日が来たならば、
「私はあなたの夢となって生涯お怨みいたします。」と云われなければ君は不徳な男である。

    痛快な夢

 私は喧嘩をした。負けた。蹴り落された。どこへともなく素張らしい勢いで落ち込んで行く。ハッと思うと、私の身体はまん円い物の上へどしゃりッと落《おっこ》ったのだ。はてな―ふわふわする。何ァんだ。他愛もない地球であった。私は地球を胸に抱きかかえて大笑いをしているのである。

    まごついた夢

 歩こうとするのに足がどちらへでも折れるではないか、……………

    面白くない夢

 金を拾った夢。……………

    笑われた子

 これは夢を題材にした私の創作の中の一つである。ある子供の両親がその子を何に仕立てていってよいものかと毎夜相談をしている。そう云うある夜、子は夢を見た。野の中で大きな顔に笑われる夢である。翌朝眼が醒めてから子はその夢の中の顔をどうかして彫刻したくなって来た。そこで二ヶ月もかかって漸く彫刻仕上げたとき、父親に見つけられて了った。父は子の造ったその仮面を見ると実に感心をしたのである。
「これはよく出来とる。」
 そこで、子は下駄屋にされて了った。これは夢が運命を支配した話。

    佐藤春夫の頭

 私は或る夜佐藤春夫の頭を夢に見た。頭だけが暗い空中に浮いているのである。顔をどうかして見ようと思うのに少しも見えない。その癖顔は何物にも邪魔されてはいないのだ。頭だけが大きく浮き上り、頂上がひどく突角《とが》って髪が疎らで頭の地が赤味を帯んでいるのである。実物の春夫氏の頭はよく見て知っているにも拘らず、実物とは全く変っている夢の中のその無気味な頭を、誰だかこれが春夫氏の頭だ頭だとしきりに説明をするのである。誰が説明をしているのかと思うと誰もいないのだ。

    見ない夢

 友人で文学をやっているものがいた。その男の告白によると、
「僕は夢と云うものをまだ生れてから見たことがない。」と云う。
 私にはそれが嘘だとより思えなかった。が、彼はどうかして一生に一度夢と云うものを見たいとしきりに云った。私はこれが「夢を見たことのない男」だと思うと、おかしくなった。そう云う種類の男に逢っ
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