流れる雨水は、血の瀑布となつてガルタンの渓谷の方へ落ちていつた。ガルタンの城市では、壊れた楽器や酒甕が僅に生き残つた二人の市民の足の裏で、時々その破片を鳴らせるにすぎなくなつた。が、その時その最後の二人の者は、廻廊の端で突き衝つた。二人は幽かに呻きを漏らすと抱き合つた。彼らの歯は咬み合ふやうに暫く空虚を咬んで慄へてゐた。さうして、二人の身体は互に暖まりを感じ始めると、彼らは抱き合つたまゝ眠りに落ちて横に倒れた。
 かくしてガルタンは永久に沈黙した。高い空宙からガルタンの城市を見下すと、人々の行跡を刻んだ壁の周囲に、点々としてゐる市民の死骸は丁度黴のやうに青白く見えてゐた。併し雨は依然としてへルモンの山に降り続いた。



底本:「定本横光利一全集 第一巻」河出書房新社
   1981(昭和56)年6月30日初版発行
底本の親本:「日輪」春陽堂
   1924(大正13)年5月18日発行
初出:「新思潮」
   1923(大正12)年7月10日発行、第6次の2第1号
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、旧字、旧仮名の底本の表記を、新字旧仮名にあらためました。
※くの字点は、底本のママとしました。
入力:高寺康仁
校正:松永正敏
2001年12月11日公開
2003年6月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング