方クロイゲルはルーマニアとユーゴスラビアとハンガリアに四億ドルを貸し附け、三国から代りにマッチの専売権を取った。そのとき三千六百万ドルを借り受けたハンガリアは耕地整理に費した金額の残額を地主に頒《わ》け与えて土地を取り上げ、小作人にそれを分配した。しかし、このからくりの結果は尽《ことごと》くハンガリアの借財を小作人が引き受けさせられる羽目になった。つまり彼らが一銭のマッチを六銭で買わされているのはそれである。
 万事イヴァアル・クロイゲルの遣《や》り口はこのような計算の結果であったが、彼の目算もついに破れるときが来た。彼とアメリカとの合同企業の確実さも、全ヨーロッパの眼を見張らせた一割の利息を払う破格な約束の履行には困難であったからだ。クロイゲルは再び北スエーデンで新しく金鉱を発見したと嘘を云ったが、も早や彼に金を貸すものはなくなった。巴里《パリー》はクロイゲルの自殺を報じた。しかし、フランス政府はひそかに彼を南米に逃がしたと伝えられている。
 クロイゲルの死の事実か否かは梶も目撃したわけではなかったから確実なことは分らないが、彼の親戚遺族はそれぞれ莫大《ばくだい》な財産家となっている
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