など今は恰好《かっこう》な時機であろう。
梶の験べたところによると先年スエーデンのマッチ王と呼ばれたイヴァアル・クロイゲルの自殺が話の結末である。彼の自殺は梶もヨーロッパへ渡る前から日本の新聞の報道で知っていた。しかし、世人の未《いま》だに信じているクロイゲルの自殺は実は虚報であったのだ。このような嘘《うそ》などは真相以上に真実な姿をとるものと梶は思っている。
イヴァアル・クロイゲル、このマッチ王はもとはスエーデンの名もない建築技師であった。ある時北国のスエーデンでは冬期に開催される勧工場《かんこうば》建設の必要に突然迫られたことがあったが、冬期に於ける建築物の急造はこの国では不可能である。従ってすべての建築家はこの仕事を抛棄《ほうき》した。そのとき現れたのがクロイゲルであった。彼は工事を引き受けると同時に家の外郭だけ急造してそれから仕事を外郭の中でした。そうしてこの建築法としては曾《かつ》てなかった冒険に成功すると彼の名は忽《たちま》ち有名になった。そのクロイゲルが建築家から実業家となり、世界のマッチ王と呼ばれるまでにのし上げた敏腕のほどは梶には分らなかったが、ヨーロッパの財界を
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