から立体へ、木造から石造へ。営舎が、官衙が、工場が、商店が、校舎が、劇場が、会社が、寺院が、橋梁が。ガラスと金属の光波は絶えず空間で閃き合ひ、発動機の爆音と鉄槌との雑音が溌溂として交錯した。
 しかし、此の壮大な市街を構成したものは財力であつた。所詮SQの市民は財力の下には屈伏しなければならなかつた。さうして、その財力の投資者であつた商人達は、ひとりますます民衆を使役した。市街は投資者の市街となつた。民衆の労役は彼らのための奉仕となつた。自由と平等は彼らのために奪はれた。S川の河水は、徒に彼らのために誇らしく流れてゐるのと等しかつた。
 労働者達は自身を使役する財力のために青ざめ出した。彼らの疲労はます/\彼らを苦しめる財力を助けることとなり出した。しかし、彼らは彼ら自身を生存させるその市街から逃れることは出来なかつた。さうして、彼らは彼らの勢力をもつて築き上げるその大市街が尨大になればなるほど、その大都会の全重力を彼らの肩に背負つて行かなければならなかつた。そこで、初めて最も平等を重んじたSQの市民達も、その各自の財力に従つて、必然的に階級が存在してゐることを意識し始めた。
    十八
 SQ市の無産者達は団結した。彼らは彼らの労力がいかに有産者達にとつて尊重せられるべきかを警告するために反抗した。
 資産家達はその財力の権力を用ひて圧迫した。
 無産者達は擡頭した。
 一大争闘がデルタの上で始つた。
 集団が集団へ肉迫した。
 心臓の波濤が物質の傲岸に殺倒した。
 物質の閃光が肉体の波濤へ突撃した。
 市街の客観が分裂した。
 石と腕と弾丸と白刃と。
 血液と爆発と喊声と悲鳴と咆哮と。
 疾走。衝突。殺戮。転倒。投擲。汎濫。
 全市街の立体は崩壊へ、――――
 平面へ、――――
 水平へ、――――
 没落へ、――――
 色彩の明滅と音波と黒煙と。
 さうして、SQの河口は、再び裸体のデルタの水平層を輝ける空間に現した。
 大市街の重力は大気となつた。
 静かな羅列は傷ける肉体と、歪める金具と、掻き乱された血痕と、石と木と油と川と。
[#地から1字上げ](「文芸春秋」大正14[#「14」は縦中横]年7月号)



底本:「短篇小説名作選」現代企画室
   1981(昭和56)年4月15日第1刷発行
   1984(昭和59)年3月15日第2刷発行
※「曾て」と「曽て」、「S川」と「S河」、「並」と「竝」の混在は底本通りにしました。
入力:土屋隆
校正:門田裕志、小林繁雄
2004年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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