頬を廻していつた。と、能子はスタンドの傘をくるくる廻しながら、
「鬱子、桃子、丹子、鳥子、まア、沢山で賑やかね。」
「ここは、デパートメントぢやないんだよ。」
「だつて、あなたのために、歌を歌つて上げたつて、悪くはないわ。」
「今日は、芽出度い結婚式だ。縁起の悪いことは云はぬがいい。」
「そんなことを仰言ると、いつも競子さんはどんなことを仰言つて?」
「さア、立つた、今夜は僕は、侮辱されに来たんぢやない。」
「まア、ぢや、あなたはあたしと結婚なさるおつもりなの?」
 久慈はいつまでも黙つてゐる。
 能子は久慈の膝から立ち上つた。彼女は久慈を睨みながら、強く一振りスタンドの傘を廻すと黙つて部屋の外へ出て行つた。
 今日は昨日の翌日だ。エレベーターは吐瀉を続けた。オペラパツクを嗅ぐ女。コンパクトの中へ浸つた女。デコルテアトレーンにモンタント。能子は朝から早くパラソルの垣根の中で、青春とはかくのごとしと云ふかのやうに、ぽんぽん羽根枕を叩いてゐる。久慈は休息の時間が来ると、頭のとれた「永遠の女性」の手足を眺めにまたことこと七階まで昇つていつた。



底本:「定本横光利一全集 第二巻」河出書房新社
   1981(昭和56)年8月31日初版発行
底本の親本:「新選横光利一集」改造社
   1928(昭和3)年10月15日発行
初出:「文藝時代」
   1927(昭和2)年9月1日発行、第5年第9号
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、旧字、旧仮名の底本の表記を、新字旧仮名にあらためました。
入力:高寺康仁
校正:松永正敏
2001年12月10日公開
2003年6月1日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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