方程式は盗んだかと訊いてみると向うは向うでまだまだと応《こた》えるかのように光って来る。それでは早く盗めば良いではないかというとお前にそれを知られては時間がかかってしょうがないという。ところが俺の方程式は今の所まだ間違いだらけで盗《と》ったって何の役にも立たぬぞというとそれなら俺が見て直してやろうという。そういう風に暫く屋敷と私は仕事をしながら私自身の頭の中で黙って会話を続けているうちにだんだん私は一家のうちの誰よりも屋敷に親しみを感じ出した。前に軽部を有頂天にさせて秘密を饒舌らせてしまった彼の魅力が私へも次第に乗り移って来始めたのだ。私は屋敷と新聞を分け合って読んでいても共通の話題になると意見がいつも一致して進んでいく。化学の話になっても理解の速度や遅度が拮抗しながら滑めらかに辷《すべ》っていく。政治に関する見識でも社会に対する希望でも同じである。ただ私と彼との相違している所は他人の発明を盗み込もうとする不道徳な行為に関しての見解だけだ。だが、それとて彼には彼の解釈の仕方があって発明方法を盗むということは文化の進歩にとっては別に不道徳なことではないと思っているにちがいない。実際、方法
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