を洗うように揺り続けるのだが、街に並んだ家々の戸口に番号をつけて貼りつけられたあの小さなネームプレートの山で磨かれている自分の顔を想像すると、所詮は何が恐ろしいといって暴力ほど恐るべきものはないと思った。ニュームの角が揺れる度に顔面の皺や窪んだ骨に刺さってちくちくするだけではない。乾いたばかりの漆が顔にへばりついたまま放れないのだからやがて顔も膨れ上るにちがいないのだ。私ももうそれだけの暴力を黙って受けておれば軽部への義務も果したように思ったので起き上るとまた暗室の中へ這入ろうとした。すると軽部はまた私のその腕をもって背中へ捻じ上げ、窓の傍まで押して来ると私の頭を窓硝子へぶちあてながら顔をガラスの突片で切ろうとした。もうやめるであろうと思っているのに予想とは反対にそんな風にいつまでも追って来られると、今度はこの暴力がいつまで続くのであろうかと思い出していくものだ。しかしそうなればこちらもたとえ悪いとは思っても謝罪する気なんかはなくなるばかりでいままで隙があれば仲直りをしようと思っていた表情さえますます苦々しくふくれて来て更に次の暴力を誘う動因を作り出すだけとなった。が、実は軽部ももう怒
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