さが奇蹟を行うのにちがいない。それからというものは全く私も軽部のように何より主人が第一になり始め、主人を左右している細君の何に彼に反感をさえ感じて来て、どうしてこういう婦人がこの立派な主人を独専して良いものか疑わしくなったばかりではなく出来ることならこの主人から細君を追放してみたく思うことさえときどきあるのを考えても軽部が私に虐《つら》くあたってくる気持ちが手にとるように分って来て、彼を見ていると自然に自分を見ているようでますますまたそんなことにまで興味が湧いて来るのである。
 或る日主人が私を暗室へ呼び込んだので這入っていくと、アニリンをかけた真鍮の地金をアルコールランプの上で熱しながらいきなり説明していうには、プレートの色を変化させるには何んでも熱するときの変化に一番注意しなければならない、いまはこの地金は紫色をしているがこれが黒褐色となりやがて黒色となるともうすでにこの地金が次の試練の場合に塩化鉄に敗けて役に立たなくなる約束をしているのだから、着色の工夫は総て色の変化の中段においてなさるべきだと教えておいて、私にその場でバーニングの試験を出来る限り多くの薬品を使用してやってみよと
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