ねばならぬかのように映り出して来て軽部までがまるで私の家来のように見えて来たのは良いとしても、暇さえあれば覚えて来た弁士の声色ばかり唸っている彼の様子までがうるさくなった。しかし、それから間もなく反対に軽部の眼がまた激しく私の動作に敏感になって来て仕事場にいるときは殆ど私から眼を放さなくなったのを感じ出した。思うに軽部は主人の仕事の最近の経過や赤色プレートの特許権に関する話を主婦から聞かされたにちがいないのだが、主婦まで軽部に私を監視せよといいつけたのかどうかは私には分らなかった。しかし、私までが主婦や軽部がいまにもしかするとこっそり主人の仕事の秘密を盗み出して売るのではないかと思われて幾分の監視さえする気持ちになったところから見てさえも、主婦や軽部が私を同様に疑う気持ちはそんなに誤魔化していられるものではない。そこで私もそれらの疑いを抱く視線に見られると不快は不快でも何となく面白くひとつどうすることか図々しくこちらも逆に監視を続けてやろうという気になって来て困り出した。丁度そういうときまた主人は私に主人の続けている新しい研究の話をしていうには、自分は地金を塩化鉄で腐蝕させずにそのまま
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