物でも見たことがあつたかね。」
「いえ。」
「誰からかさう云ふ書物に書いてあることを訊いた覚えはないか。」
「はい。ございません。」
「お前は傭員が時間短縮を鉄道局へ迫つたとき、それに連名してゐたと云ふではないか。」
「はい。」
「では、何ぜあのやうな社会主義的な訴へに連名してゐたのかな。」
「それは仕方がなかつたのです。私にはあんなことをするのが社会主義のやることだかどうかは知りませんでした。たゞ這入れと云はれましたので這入つただけでございます。」
「お前はいつも金持ちをどんな風に思つてゐるな。」
「別にどうとも思ひません。」
「金持ちにはなりたくないのか。」
「それやならしてやらうと仰言《おつしや》ればなりたうございます。」
「お前に連名をすすめたものは誰かな。誰かあつたであらう。」
「誰もございません。紙が廻つて来たので見ますと、それには私の名がちやんと書いてあつたのです。それには名前の上へ賛成のものは印を捺すやうと書いてございましたので、ただ印を捺しましただけでございます。」
「誰がその紙を持つて来たのか。」
「それは私の名の前に書いてあつた服部勘次と云ふ男です。」
「その男の
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