。」
「ふむ、覚えてはゐないか。お前はその酔漢を見たとき、どう思つたか、粋客《あそびにん》だとは思つたらうね。」
「はい、いづれ遊興《あそび》に行くとは思ひました。」
「その男は金持ちだつたかね。」
「はい。」
「お前はいつも粋客を見たとき、どんな気持ちが起るかね。」
「慣れてゐますから、別にどうと云ふ気も起りません。」
「お前の勤務時間は夜の十二時だつたね。」
「はい。」
「それにしては、お前の務め時間以外のときまで見張りをすると云ふのはどうしたことかな。」
「それは癖になつてゐるのです。眠れないときだけは、いつも番をすることにしてをります。その方が私には都合が良うございます。」
「都合と云ふと。」
「その方がつまりまア楽な気がするのです。」
「人々のためを思つてではないのだね。」
「はい。」
「あの通りは坂になつてゐるし、それにお前の踏切は人通りが多いから、遅くまで見張りをしてやる方がいいではないか。」
「そんなことなど思つてはゐられませんよ。直ぐには寝つかれませんから見張りでもしてゐないと苦しくつて困ります。」
「通行人や近所の者達は、お前があまり早くから鎖をひいたり夜遅くまで見
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