に番人のゐる踏切が遊廓街の入口であつた。しかし、此の被告の上に明確な判決を下すことは、事件そのものが心理的なものであるだけに容易なことではなかつた。先づその事件の現状を目撃したものがなかつたと云ふことでさへ、判事にとつて此の審問方法は普通の手ではとても無駄だと分つてゐた。
「お前は四十一だと云つたね。妻を貰つたならどうだ。生活に困るのかな。」
「いえ、別に困りはいたしません。」
「と云ふと、望ましいのがないからか。」
「来てくれる者がないんです。」
「ふむ、では、呉れ手のあるまで捜せばよいではないか。」
「私はこれでもう三度妻を変へたのです。」
「三度な?」と云って判事は一寸笑つた。「それはまたどうしたのだね。」
「皆死んで了つたんです。」
「ふむ、死んだのか、それでその来るものがないと云ふのか。」
「いえ、三人とも同じ病気で死んだからだと思ひます。」
「三人とも同じ病気か、成る程ね、そして、それはどう云ふ病気かね。」
 さう訊いたとき判事は被告の窪んだ眼窩の底から恐怖を感じさせる一種不思議な微笑を見てとつた。そして、これは烈しい神経衰弱にかかつてゐるなと思ひながらも、被告の答へた膜と
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