洞房の華燭前夢を温め 仙窟の煙霞老身を寄す 錬汞《れんこう》服沙一日に非ず 古木再び春に逢ふ無かる可けん
     河鯉権守《かわこいごんのかみ》
夫《そ》れ遠謀|禍殃《かおう》を招くを奈《いか》ん 牆辺《しようへん》耳あり※[#「こざとへん+是」、第3水準1−93−60]防を欠く 塚中血は化す千年|碧《みどり》なり 九外屍は留む三日香ばし 此老《しろう》の忠心|※[#「白+激のつくり」、第3水準1−88−68]日《きようじつ》の如し 阿誰《あすい》貞節|凜《りん》として秋霜 也《ま》た知る泉下遺憾無きを ※[#「木+親」、第4水準2−15−75]《ひつぎ》を舁《かつ》ぐの孤児戦場に趁《おもむ》く
     蟇田素藤《ひきたもとふじ》
南面孤を称す是れ盗魁《とうかい》 匹として蜃気楼《しんきろう》堂を吐くが如し 百年の艸木《そうぼく》腥丘《せいきゆう》を余す 数里の山河|劫灰《こうかい》に付す 敗卒庭に聚《あつ》まる真に幻矣 精兵|竇《あな》を潜る亦奇なる哉 誰か知らん一滴黄金水 翻つて全州に向つて毒を流し来る
     里見義実《さとみよしさね》
百戦孤城力支へず 飄零|何《いず》れの処か生涯を寄せん 連城且擁す三州の地 一旅俄に開く十匹の基ひ 霊鴿《れいこう》書を伝ふ約あるが如し 神竜海を攪《みだ》す時無かる可けん 笑ふ他の豎子《じゆし》貪慾《たんよく》を逞《たくまし》ふするを閉糴《へいてき》終に良将の資となる

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以上二十四首は『蓉塘集』中の絶唱である。漢詩愛誦家の中にはママ諳んずるものもあるが、小説愛好者、殊に馬琴随喜者中に知るものが少ないゆえ抄録して以てこの余談を結ぶ。
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[#地から1字上げ](昭和三年四月仏誕会)



底本:「南総里見八犬伝(十)」岩波文庫、岩波書店
   1990(平成2)年7月16日第1刷発行
底本の親本:「南総里見八犬伝 下」日本名著全集刊行会
   1928(昭和3)年
※旧仮名によると思われる引用文のルビの拗音、促音は、小書きにしませんでした。
入力:しだひろし
校正:川山隆
2009年8月17日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティ
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