年配から云つて留学を志ざしさうに判断するは先づ当らずと雖ども遠からずと考へたんだらう。処で私は其頃欧羅巴では無いが或る外国へ渡航する計画が有つて、誰にも云はぬが内々準備してゐた最中なので、鳥渡言ひ当てられたやうな気がした。
 残花は一番アトだつた。一番余計口を利いて相者と頻りに問答した。クリスチヤンであり、ミスチツクが好きで、心霊無限力を信じ、此の人相実験の発頭人であり案内者であるくせに残花は『お前達には騙されないぞ』といふやうな顔を粧ふて較やもすれば馬鹿にするやうな口気があつた。坪内君は例の通り恭謹で、相者の一語々々に感服したやうに首肯いて見せた。私は三人の中の弱輩だから控へ目に謹んでゐた。残花は東道の主人として多少座を取持つツモリもあつたらうが、一人で饒舌して相者を呑んで掛つておヒヤラかす気味があつた。其態度が癪に触つたのだらう。残花が相者の下した或る判断を冷かすやうに薄笑ひながら否定して掛ると、相者は忽ち威丈高に大喝して曰く、『それが証拠にはアナタの□□にホクロがある!』
 さすがの残花もアツと絶句してタヂ/\となつた。『そいつは気が付きませんナ。』とシドロモドロで、『帰つたら能く調べて見ませう、』と。スツカリ胆を奪はれてヘタ/\と参つて了ひ、見事敗北の形で三人共にソコ/\と暇乞ひして引下つた。
『之なり別れちやアツケナイ。』と残花は外へ出ると提議した。『ドツカで茶でも喫みませう。』と今は無くなつたが其頃は東京に一ケ処か二ケ処しか無かつた土橋の壺屋の二階へ上つた。
 そこで三人は今日の実験の成果を語り合つたが、三人共に事実の幻しのやうなものが当つたらしい。
『□□のホクロは驚いた。』と残花はテレ秘しにゲラ/\と笑ひながら、『自分のカラダだつてソンナ事まで調べちやゐないからマゴついて了う。』
『嚇かされたネ……エツヘツヘツ。』と坪内君も心から笑止しさうに笑つた。『□□のホクロは奇抜だ。あの調子で度胆を抜くのがコツだネ!』
 彼これ小一時間も□□のホクロに花を咲かして三人は別れ/\に帰つた。
 残花の□□に果してホクロが有つたか無かつたか、其後訊きもしなかつたし話しもしなかつたし夫ぎりイツカ忘れて了つた。
 此の愛嬌のある逸話を残した残花も今は天国だか極楽だかの人(残花は仏耶両道だつた)となつたが、此の一喝された瞬間のタヂ/\となつた容子やテレがくしのゲラ/\笑ひは今でも耳目の底に残つてゐる。此の機鋒辛辣な人相見は其後ドウしたか知らない。



底本:「日本の名随筆82 占」作品社
   1989(平成元)年8月25日第1刷発行
   1997(平成9)年5月20日第6刷発行
底本の親本:「内田魯庵全集 第八巻」ゆまに書房
   1987(昭和62)年3月
※「一ケ処」「二ケ処」の「ケ」を小書きしない扱いは、底本通りにしました。
入力:前野さん
校正:門田裕志
2002年12月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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