い横の格子戸を排けて、残花が数寄屋橋教会の誰それからの紹介で上つたといふと直ぐ慇懃に二階に通された。
 主人は板木師の親方であるが、観相家だけあつて職人らしくない沈着きがあり、眼が据つて鋭くギラ/\してゐた。アトにも先きにも相を見て貰つたのは前後に一回ぎりだから、ヨソの人相見はドウいふ風に見るか知らないが、此の剞※[#「厥+りっとう」、第4水準2−3−30]堂先生は天眼鏡を片手に顔を押しつけぬばかりに眼を近寄せて鋭どい眼を光らしてヒタと看入つた。丸で骨董屋が石か玉のニユウを捜し出さうとする塩梅式だ。眼蓋の裏を返して見たり、鼻の孔を仰向かして見たり、口を開かして覗いたり、耳朶の裏表を検めたり、眉や髯の中から生え際まで撫でて見たり、医者の診察の二三層倍も入念に三人を代る/\に見てから徐ろに天眼鏡を下に置いた。
 三人は名刺を出さないから無論誰だか解らなかった。が、残花がクリスチヤンであるのは紹介者が数寄屋橋教会の会員だから直ぐ判断が附かうし、其の同伴者であるから我我両人も読者階級者であるのは亦容易に推測されやう。相者は先づ坪内君に向つて、『アナタは万人に仰がれ慕はれる貴相がある、職業で云つたら学校の先生といふやうな御身分だ。』と見事に図星を当てた。尤も残花と私とは和服の着流しであつたが、坪内君だけは洋服で、一見先生らしかつた。相者は更に一歩を進めて『アナタの前額には(何とかいふ相学のテクニツクを使用して)といふ不幸の相が現はれてをる。アナタの目上、例へばお兄いさんとか伯父さんとかいふ方の御不幸が此頃有りましたらう。』と云つた。坪内君は如何にも的中したといふやうに首肯いてゐた。(続いて二三の問答があつたが今は全く忘れて了つた。唯之だけを覚えてる。)
 私は三人の中の一番弱輩で、カスリの羽織なんぞを着てゐたからマダ学生と思つたのであらう。『アナタは哲学を勉強してゐなさるナ。』と言葉もやゝゾンザイだつた。前に話した易者も私を哲学者志望だと云つたが、復た今度も哲学書生だ。私の顔は哲学臭いと見える。『アナタは立派に哲学者となれる、勉強なさい。』と復た同じやうな訓誡を受けた。尤も今度は怠けるとイケマセンゾといふやうな月並な説諭は云はれないで、『アナタは今働いてる、ドコかへ旅行する相がある。本年は必ず洋行出来る、』と自分が留学生の辞令を呉れさうな口吻だつた。マダ勤学中の学生と見立てゝ
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