仕入れ屏風や掛物を描いたり、三越や白木をお店とする美術家先生達と一緒に多額の営業税を納めるようになるだろう。恁ういう人達は郊外生活をするには及ばない。日本橋か銀座に何々株式会社と列んで白煉瓦の事務所を構える事が出来る。
 ▲上司小剣君は日本の文士の隠者生活を何時までも保存したいと云ってる。が、文人が之まで隠者生活を送っていられたのは職業たるを認められなかったからで、今日のように到る処に輪転機を運転して、機械の経済的能力を全うさせる為めに文人の頭脳をも又機械的にし、収税官史が文人の収入を算盤珠に弾き込むようになっては、文人は最早大久保や雑司ヶ谷に閑居して電車の便利を難有がってばかりはいられなくなる。富の分配や租税の賦課率が文人の旁ら研究すべき問題となって、文人の机の上にはイブセンやメエターリンクと一緒に法規大全が載るようになる。
 ▲其代りには市外に駆逐されないでも済むかも知れないが、或は駆逐されても電車の恩愛に頼らないで自働車を走らす事が出来るかも知れないが、メエターリンクの夢を難有がる専門文人にもなれず、ジゴマの本を作る文学製造業に従事する気にもなれないドッチ附かずの中途半端の我々は、丁度市区改正の時取払いになるお城の石垣と同様なものではあるまい乎。市街の子たる我々の頭は郊外生活を楽むには実は余りにプロセイックである。と云って、道路の繁昌に伴う雑音塵埃に無頓着なるには少しくポーエチック過ぎる。我々は文明を呪うものでは無い。却て文明を謳歌しておる。が、文明は我々を駆逐せんとして無言の逐客令を布いておる。我々の身の上も誠に以て厄介なる哉。[#下げて、地より1字あきで](大正二年五月現代)



底本:「魯庵の明治」山口昌男、坪内祐三編、講談社文芸文庫、講談社
   1997(平成9)年5月9日初版発行
底本の親本:「沈黙の饒舌」丙午出版社刊
   1928(大正3)年5月5日初版発行
入力:斉藤省二
校正:松永正敏
2001年5月19日公開
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