をらん。よその奥さんの瑕瑾探しをしたり、羨ましがつたり、妬たんだり、慢つたり衒つたりするに維れ日も足らずといふやうになる。之には何よりも読書するが妙薬である。
 尤も若い女は大抵新らしい教育を受けてるから、昔しの女に比べると無論読書する習慣はついてるが、読書を以て第一の娯楽とする程度までに進めなければならぬ。一体読書は娯楽であつて勉強では無いのだが、読書するのを勉強すると同一に心得てるのが世間の第一の誤解だ。此点に就て云ふ事もあるが、之も別論だから差置くが、茲に読書しろといふのは何も一と口に云ふタメになる書物を読めといふのでは無い、面白い書物を読めといふのだ、芝居や寄席へ行くと同一の興味を買ふ事が出来る書物を読めといふのだ。恁ういふ興味中心の書物を読んでる内に書物の習慣がつけば自づとタメになる書物にも余計接するやうになる。又興味中心の面白い書物でも決してタメにならぬ事は無い、少くも話題を富まして下らぬ瑕瑾さがしや贅沢咄を少くするだけにても効能がある。
 左に右くもつと読書しなければイカン。主人公自ら読書を奨励するは勿論だが、一家の事は主婦の力にある、主人公が待合入りを何よりの娯楽としてゐるのは、主人公の不行跡よりは主婦の感化力の乏しいのを証拠立てる。家庭の改良といふ事に就ては種々の方法もあるが、第一には主人公の栄達の為めなり、家庭全体の昂上の為めになるのだから知識慾を増進し刺戟する最良の計画として家庭に読書室を設備するのが急務である。尤も読書室が無くとも読書の風を養ふ事は出来んでは無いが、七室も八室もある中流以上の家なら其一室を読書室とする事が出来るから、先づ此設備をするのが読書の習慣を養ふ第一の良策である。箪笥の数を一つくらゐ減らして、本箱を殖やすのを一家の誇りとしなければならぬ。一年に二度か三度しか著ないやうな著物を一枚倹約したら十冊や二十冊の書物を買ふ事は出来る。書物を買ふのを惜んだりオツクウに思つたりするやうな事では駄目だ、此の大切な頭脳を養ふ何よりも肝腎な糧である書物に金を惜むやうな国民では到底文明人とは云はれないのだ。且又児童に対しても学校の教課書以外の読書をするやうに寧ろ奨励しなければならぬのが教師なり先輩なり、第一には家庭の義務である。読書の量の程度が人間の人格の準縄の一つである。



底本:「日本の名随筆 別巻6・書斎」作品社
   1991(平成3)年8月25日初版発行
   1998(平成10)年1月30日7刷
底本の親本:「書斎文化」桑名文星堂
   1942(昭和17)年11月
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:ふろっぎぃ
校正:小林徹
2001年4月6日公開
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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