も仕方がない、やはり連れて行かれた。
この日の外面に現われた事柄はただこれだけだった。イタズラの張本人は大杉君で、荒畑寒村君なども参謀の一人だったろう。山川君も顧問くらいの地位に居たかしれない。赤旗というのは、二尺に三尺くらいの赤いカナキンを、短い太い竹ざおにゆわえつけたもので、一つには○○○(無政府)、一つには○○○○○(無政府共産)と白い布を切ってこしらえた五つの文字が張りつけられてあった。
当時の「分派」を言えば、その前年(明治四〇年)いわゆる大合同の日刊平民新聞が倒れてから以後、一方には片山潜、西川光二郎、田添鉄二らを代表とする議会政策派があり、一方には幸徳秋水、山川、大杉らを代表者とする直接行動派があった。そして前者は東京で社会新聞(一時は週刊)を出《い》だし、後者は大阪で(森近運平の経営で)大阪平民新聞(月刊、後に日本平民新聞)を出だし、さらに前者は後分裂して西川の東京社会新聞を現出した。
しかしわたし自身の見方から言えば、当時の分派は三派の対立であった。すなわち幸徳君らの無政府主義と、片山君らの修正主義と、わたしなどの正統主義であった。そのころ、イギリスの独立労働党の首領ケア・ハーデーが日本に来遊して、我々の集会で演説したりしたが、片山君らはすなわちそのハーデー(ハーディー)派であり、わたしなどはそれに対するハインドマン派(社会民主同盟派)の形であり、幸徳君らは右の両派を合わせて国家社会主義に片づけようとするクロポトキン派(もしくはバクニン派)であった。当時まだサンヂカリズム(サンジカリズム)の名はほとんど現われていなかった。石川三四郎君らは右の三派(もしくば二派)から独立して、婦人運動の雑誌を出したりしていた。
しかしわたしは、実際上には幸徳君らと密接に提携していた。わたしは大阪平民新聞の執筆者の一人であった。世間の新聞などでは、幸徳君らとわたしらとを一まとめにして柏木団(かしわぎだん)と呼んだりしていた。実際その連中の多くは柏木、淀橋あたりに住んでいて、それが一団となって金曜会というを作り、毎週神田で講演会をやったりしていた。硬派、軟派という言葉も、当時よく使われていた。それでわたしはある時、田添君から長文の手紙をもって、激しく(しかしながら親切に)非難されたことがあった。それは、わたしが、主義主張によって進退せず、友人関係によって離合しているのではないかと、わたしを責めたのであった。田添君の考え方からすれば、わたしは社会主義者であるのだから、たとい硬軟の別はあっても、田添君らと提携すべきであるのに、ただ友人として幸徳君らとはなはだ親密であるがために、アナキストと提携しているのは不都合だと言うのであった。
しかしわたしとしては、幸徳君とは毎日毎晩、会えば必ず議論するというほどで、決して友情のために主義主張を曖昧《あいまい》にしてはいなかった。ただわたしとしては、できるだけ純真な○○的態度を維持せねばならぬと考え、それにはできるだけアナキストと提携を続けねばならぬと考え、議会政策に反対する理由はあっても、直接行動に反対する理由はないと考えていた。それでわたしはよくヂーツゲン(ディーツゲン)の言葉を引用して、社会主義と無政府主義の差異をできるだけ少なくすることに努め、社会主義はどこまでも無政府主義を包容していくべきだと考えていた。当時、直接行動派の元気な青年の中には、堺のおやじをなぐってしまえなどという者もあったそうだが、実際上、多くの人たちは社会主義と無政府主義の合いの子であった。山川君などもよほどヂーツゲン張りで、裁判所で「社会主義か無政府主義か」と聞かれた時、「もし無政府主義が社会主義と別のものであるなら、自分は無政府主義者ではないが、自分は社会主義と無政府主義とを同じものと信じているから、その意味において無政府主義者と言われてもかまわない」と言ったような答えをしたかと覚えている。
そこで再び赤旗事件当日のことに立ちもどる。わたしは山川君とふたり、錦町の警察に連れて行かれてみると、そこの留置場にはすでに大杉、荒畑、森岡、百瀬、村木、宇都宮、佐藤などの猛者《もさ》が来ており、外に神川、管野、小暮、大須賀などの婦人連も来ていた。留置場は三室あって、それが廊下を中心にして向かい合っていた。わたしの室にはわたしと外にだれか一人、隣の室には婦人連、そして向かい側の大部屋にはその他の大勢という割当てであったが、その大部屋はまるで動物園のおりよろしくで、皆が鉄ごうしにつかまって怒鳴る、わめく、笑いくずれるの大騒ぎであった。巡査の態度があんまりむちゃなので、みなとうとうこうしの中からつばを吐きかけることをもって唯一の戦闘手段とした。どうしたイキサツからであったか、大杉君はとうとう廊下に引っ張り出されて、さんざん
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