たしが表に飛び出した時には、一人の巡査がだれかの持っている赤旗を無理やり取りあげようとしていた。多くの男女はそれを取られまいとして争っていた。わたしはすぐその間に飛び込んで、そんな乱暴なまねをしないでもいいだろうという調子で、いろいろ巡査をなだめたところ、それでは旗を巻いて行け、よろしいということになり、それでそこは一トかたついた。錦輝館の二階を見あげると、そこにはあとに残った人たちがみな縁側に出て来て見物していた。
しかしわたしはすぐ別の方面に目を引かれた。少し離れた向こうの通りに、そこでもまた、赤旗を中心に、一群の男女と二、三人の巡査が盛んにもみあっていた。わたしはまた飛んで行って、その巡査をなだめた。あちらでも旗を巻いて行くことに話ができたのだからと、ヤットのことで彼らを説きふせた。しかし騒ぎはそれで止まらなかった。巻いた旗が再び自然にほぐれた。巡査らはまたそれに飛びかかった。あちらにも、こちらにも、激しいもみあいが続いた。錦輝館の前通りから一ツ橋通りにかけて、まっ黒な人だかりになった。その中に二つの赤旗がおりおり高くひるがえされたり、すぐにまた引きずりおろされたりした。目の血ばしった青年、片そでのちぎれた若者、振りみだした髪を背になびかせて走っている少女などが、みな口々にワメキ叫んでいた。そして巡査らがいちいちそれを追いまわしたり、引っつかまえたり、ネジふせたりしていた。わたしは最後に一ツ橋の通りで、また巡査をいろいろになだめすかし、一つの赤旗を巻いて若い二人の婦人にあずけ、決して再びそれをほぐらかさぬこと、そしてまた決してそれを他の男に渡さず、おとなしく持って帰ることという堅い約束をして、それでヤット始末をつけた。その時、今一つの赤旗はすでに、それを取られまいと守っていた数人の青年と一緒に、巡査に引きずられて行ってしまった。
それからわたしは神保町に歩いて行くうち、たしか山川均君と落ちあった。山川君もほぼわたしと同じような役まわりを勤めていたらしい。それで、引っ張られた者は仕方がないとして、山川君は守田有秋君が二六新報社で待ち合わせてるはずだから、そこに行くと言い、わたしはそのまま淀橋の宅に帰るつもりで、二人が別れようとしているところに、また巡査が二、三人やって来た。そしてわたしらをも警察に連れて行くという。それはおかしいじゃないかと言ってみたが、どう
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