なりの老木が隨分の廣さで茂つて居る。其の森蔭の御手洗の池は誠に清らかであつた。香取にもあつたが此處にもかなめ石と云ふのがある。幾ら掘つてもこの石の根が盡きないと云ひ囃されて居るのだ相な。岩石に乏しい沼澤地方の人の心を語つて居るものであらう。此所の社も丘の上にある。この平かな國にあつて大きな河や沼やを距てた丘と丘とに對ひ合つて斯うした神社の祀られてあると云ふ事が何となく私に遙かな寂しい思ひをそゝる。お互ひに水邊に立てられた一の鳥居の向ひ合つて居るのも何か故のある事であらう。
 豐津に歸つた頃雨も滋く風も加つた。鳥居の下から舟を雇つて潮來へ向ふ、苫《とま》をかけて帆あげた舟は快い速度で廣い浦、狹い河を走つてゆくのだ。ずつと狹い所になるとさつさつと眞菰の中を押分けて進むのである。眞みどりなのは眞菰、やや黒味を帶びたのは蒲ださうである。行々子の聲が其所からも此所からも湧く。船頭の茂作爺は酒好きで話好きである。潮來の今昔を説いて頻りに今の衰微を嘆く。
 川から堀らしい所へ入つて愈々眞菰の茂みの深くなつた頃、或る石垣の蔭に舟は停まつた。茂作爺の呼ぶ聲につれて若い女が傘を持つて迎へに來た。其所はM―
前へ 次へ
全7ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
若山 牧水 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング