つて髪をおろした貴人の若い僧形といつたところがある。
 刈萱もまた見るにつれてあたたかみの感ぜらるゝ花である。すがれ始めた野辺のひなたの花である。

 秋のはじめから終りまで、そのときどきに見て見飽かぬのは薄であらう。
   わが越ゆる岡の路辺のすすきの穂まだ若ければ紅ふふみたり
 の頃もよく、十五夜十三夜のお月見に何はなくともこの花ばかりは供へたく、また、秋もいつしか更けて草とりどりに枯れ伏したなかにこの花ばかりがほの白い日かげを宿してそよいでゐるのも侘しいながらに無くてはならぬ眺めである。

 おなじく平凡だが、書き落してならぬものに野菊があり、姫紫苑《ひめじをん》がある。
 自分の好みからか、いつ知らず私は野原の花ばかりを挙げて来た。庭の花に、ダリヤあり、コスモスあり、鶏頭がある。
 ダリヤは夜深く机の上に見るがよく、コスモスは市街のはづれの小春日和を思はせる。鶏頭はまた素朴な花で、隠れ栖《す》む庭の隅などに咲くべきであらう。
   動かじな動けば心散るものを椅子よダリヤよ動かずもあれ
   灯を強みダリヤがつくるあざやけき陰に匂へるわれの飲料《のみもの》
   眼にも頬にも酔あらはれぬ夜なるかな黒きダリヤの蔭に飲みつつ
   はなやかに咲けども何かさびしきは鶏頭の花の性《さが》にかあるらむ
   伸び足りて真赤に咲ける鶏頭にこのごろ咲くは西づける風
   くれなゐの色深みつつ鶏頭の花はかすかに実をはらみたり

 今、考へてみると不思議に私はコスモスの歌を作つてゐない。

 薄の花を虫にたとへたならば先づこほろぎではあるまいか。さほどに際立つたものでなく、サテいつ聞いてもしみ/″\させられるはこほろぎである。
   わがねむる家のそちこち音《ね》に澄みてこほろぎの鳴く夜となりにけり
   こほろぎのしとどに鳴ける真夜中に喰ふ梨の実のつゆは垂りつつ
   使ひ終へていまたてかけしまな板の雫垂りつつこほろぎの鳴く

 こほろぎと同じく、飼つておくわけでもないに部屋のうちに来て鳴く虫に茶たて虫といふがゐる。かげろふのずつと小さな様な虫で、ほとんど眼にもつかぬほどであるが、よく障子の桟にとまつてゐて鳴く。声とてもほのかなものではあるが、聞くとなく耳の傾けらるゝ侘しい音色である。夜ふけなど、ともすると時計のちくたくと聞違へることもあり、時計虫とも呼ばれてゐる。茶たて虫とは茶をたてる茶碗のなかのかすかな響に似てゐる謂であらう。

 松虫鈴虫はあまりに月並化されてゐる。ではどの虫が好きだらうと考へて来ると私には先づ馬追虫である。
 いつも田舎住ひをしてゐる難有《ありがた》さに、この虫がをりふし蚊帳にとんで来てとまつて鳴くのを聞く。
   やすらかに足うちのばしわが聞くや蚊帳に来て鳴く馬追虫を
   めづらしく蚊帳に来ていま鳴き出でし馬追虫の姿をぞおもふ
   家人のねむりは深し蚊帳にゐて鳴くうまおひよこゑかぎり鳴け



底本:「日本の名随筆 94 草」作品社
   1990(平成2)年8月25日第1刷発行
底本の親本:「若山牧水全集 第七巻」雄鶏社
   1958(昭和33)年11月
入力:増元弘信
校正:もりみつじゅんじ
2000年7月26日公開
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