りと
 螻《けら》が一疋とび出して
 『今晩は、今晩は』と云ひました
 空には霞んだ月ばかり

 返事がないのでこそこそと
 おほきなお尻を振り向けて
 いま出た穴へと入りました
 おほかたねぼけでござりましよ




 まいにちまいにち
 見てをれば
 お庭の蟻も
 かはゆくなる
 蟻よ蟻よと
 こちらで云へば
 返事しいしい
 頭ふりふり
 せつせとこちらにやつて來る
 蟻に御馳走
 やりませう


夏のけしき

 槍持《やりもち》 旗持《はたもち》
 眞白《まつしろ》 小白《こしろ》
 雨の行列《ぎやうれつ》
 川の向うを急いで通る

 雷は峠を越えて
 雨の行列も行き過ぎ
 山から山に
 虹の橋が懸つた


富士の笠

 富士が笠かぶつた
 饅頭笠かぶつた
 雲の笠かぶつた
 富士が笠かぶりや
 伊豆の沖から降り始め
 駿河《するが》の濱邊を降りかすめ
 相模《さがみ》の國に降りぬけて
 甲斐《かひ》の山々降りつぶす
 大雨小雨
 土砂降《どしやぶ》り小降り
 富士が笠かぶつた


はだか

 裏の田圃《たんぼ》で
 水いたづらをしてゐたら
 蛙が一疋
 草のかげからぴよんと出て
 はだかだ はだかだと鳴いた
 やい蛙
 お前だつてはだかだ


ダリヤ

 ダリヤ、 ダリヤ
 赤いダリヤ
 大きなダリヤ

 あたいの顏と
 くらべて見たら
 あたいの顏より
 大きなダリヤ
 眞赤《まつか》なダリヤ


秋のとんぼ

 茅萱《ちがや》のうへに
 ほろほろと
 きいろい
 胡桃《くるみ》の葉が落ちる

 茅萱の蔭から
 ゆめのよに
 赤い蜻蛉《とんぼ》が
 まアひ立つ

 とんぼ可愛や
 夕日のさした
 胡桃の幹に
 行《い》てとまる


百舌鳥《もず》が一羽

 粟《あは》の畑《はたけ》で
 百舌鳥《もず》が一羽
 雀の眞似して
 啼いてゐたが
 雀は來ぬので
 ひろい黄いろい粟畑越えて
 向うの山にとんで行つた


雪よ來い來い

 雪よ來い來い坊やは寒い
 寒いお手々をたたいて待つた
 雪よこんこと降つて來い

 雪よ來い來い坊やは寒い
 さむい天からまん眞白に
 ちいろりちろりと降つて來い

 雪よ來い來い坊やは寒い
 さむいお手々は紅葉のやうだ
 雪のうさぎがこさへたい


冬の畑

 冬のはたけは土ばかり
 なんにも見えない土ばかり
 見えない向う
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