玉蜀黍《たうもろこし》の葉の粗く長いのが、露を帶び乍らいさゝかの風を見せてきら/\搖らいで居る。今までの室内を出て、直ぐこの畑の月光に對した私は一時に胸の肅然となるのを感じた。蟲の音が何處やらの地上からしめやかに聞えて來る。
そのまま畑に添うて、やがて左手の半ば朽ちかゝつた築地《ついぢ》の中門を潛つて、とろ/\と四五間も降るとこの村の唯一の街道に出る。街道と云つたところで草の青々と茂つた道で、僅かに幅一間もあらうかといふ位ゐ、その前はあまり茂からぬ雜木林がだら/\と坂のままに續いてゐて、終《つひ》に谷となる。谷はいまこの冴えた月のひかりを眞正面《まとも》に浴びて、數知らぬ小さな銀の珠玉をさらさらと音たてゝうち散らしながら眞白になつて流れて居る。谷を越えては深い森林、次いで小山、次いではどつしりと數千尺も天空を突いて聳え立つ某山脈となつて居る。山も森も何れもみな月光の裡に睡つて水の滴り相な輪郭を靜かな初秋の夜の空に瞭然《はつきり》と示して居る。
私は路の片側に佇んで、飽くことなく此等の山河を見渡してゐた。酒のあと、心を亂した後に不意に斯かる靜かな自然の中に立つて居ると、名の附けやうのない感情、先づ悲哀とでもいふのか、が何處からともなく胸の中に沁み込んで來る。果ては私は眼をも瞑つて宛も石のやうになつて立つてゐた。
すると背後の中門の所から何時の間に來たのか、
「兄《あん》さん」
と千代が私に聲かけた。
返事はせずに振向くと、例の浴衣の姿が半ば月光を浴びてしよんぼりと立つて居る。
「兄《あん》さん、もう皆|寢《やす》みませうつて。」
「ウム、いま、行く。」
と言つておいて私は動きもせず千代を見上げて居る。千代もまたもの言はず其處を去らずに私を見下して居る。何故《なぜ》とはなく暫しはそのままで兩人は向き合つて立つてゐた。私の胸は澄んだやうでも早や何處やらに大きな蜿※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《うねり》がうち始めて居る。
やがてして私は驚いた。千代の背後にお米が靜かに歩み寄つて物をも言はずに一寸の間立つてゐて、そうして、
「何してるのけえ?」
と千代に云つた。
「マア!」
としたゝかに千代は打驚かされて、
「何しなるんだらう!」
と、腹立たしげに叱つた。お米は笑ひもせず返事もせぬ。斯くて千代もお米も私も打ち連れて家に入つた。そして臺所の灯をば
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